2015年6月17日水曜日

ファブリシオ・ヴェウドゥムのこと

6月13日、UFC新チャンピオンとなったファブリシオ・ヴェウドゥムのこと。
こういう裏話的なことは書かないのだが、もうワタシも業界人でもないので、たまには。

昔、ミルコのマネジャーをやっていた今井さんから、「誰か寝技の強い選手を知らない?」と聞かれた。
当時、ワタシはフリーのライター・編集者として『柔術王』(2004年3月)というムックをつくったばかり。ブラジリアン柔術の黒帯重量級世界王者であるヴェウドゥムの名を、今井さんに挙げてみた。
ムンジアル(世界選手権)最高3位のノゲイラよりも実績的には上だし、重量級の中でもノゲイラのような手足の長さと柔らかい寝技を持つタイプがよいと思ったからだ。
その時のヴェウドゥムは、マイナーなMMAイベントに出始めてはいたものの、まだ柔術やアブダビコンバットで頂点を極めていた時期にあって、本格的にMMAに取り組む前であった。

今井さんによると、それまでミルコの寝技パートナーとして連れてきた人間が、ことごとく役立たなかった模様。
そのうちの一人は、日本とも縁のあったオランダ人ファイターだったが、ミルコを極めることはできなかったそうだ。
ワタシが、ヴェウドゥムの話をしたとき、「今までみんなミルコには……」とやや懐疑的だったが、今井さんはブラジリアン柔術の「世界」を知らなかった。
「そんな奴らと、ブラジリアン柔術の本当のトップを比べんなよ…」と思ったことは覚えている。

そしたら、今井さんは本当にミルコのためにヴェウドゥムを呼んだので、驚いた。
その決断と行動の速さに、すごいと思った。

実際、今までのスパーリングパートナーとは比べ物にならないほど、ヴェウドゥムは優秀だった。当たり前だが。そのことに今井さんは喜んでいた。
「ミルコのスパーリングパートナー」を経て、2005年PRIDE初参戦したヴェウドゥムのその後は、ファン御承知の通り。

今井さんからは、一時期、何かと連絡をくれたり相談を受けたりしていた(基本的に、業界人とは距離を置くワタシにとっては珍しい)。
たしかレオジーニョをMMAデビューさせるという話も、当時出ていた。

その後、ヴェウドゥムには「ガチ!マガジン」か何かで取材し、じつはあなたのことをスパーリングパートナーに薦めて……、と明かして、盛り上がったこともあった。

ミルコのスパーリングパートナーになって10年か。
人にはいろんな成功の仕方があるものである。■

2015年6月11日木曜日

「G2」最終号を読んで、もやもや。

大方、そこで述べられている意見に「反対」ではないのに、まったく「共感」できない原稿というのもある

これで休刊となる「G2」巻頭にある、「ノンフィクションを読まない24歳web編集者がノンフィクション・メディアの未来について考えてみた」という記事(リンクは一部抜粋)。

もやもやした数日を過ごしたので、久々に長いものを書いてみます。

この24歳web編集者の主張は、わかりやすいといえば、わかりやすい。
以下、この方の現状把握がわかる引用。

「ノンフィクション誌は人通りのまったくないところに構えた高級レストランのようなものである。具体的な姿勢の違いを挙げるとすると、webメディアの基本としては『読者目線』が徹底している」

「ノンフィクション・メディアの課題を整理すると大きく3つあると思う。読者が求めているコンテンツを提供できていなかった(かもしれない)こと、読者がいる場所を見つける(届ける)ことができなかったこと、そして『G2』のようにコスト面から考慮すると持続可能性が無いことだ」

「『ノンフィクション』について考える際に、『忙しい読者はそもそも長い記事を求めているのか』と問う必要はありそうだ」

しかし、この方は、ノンフィクションを「コンテンツ」というフラットな言葉で呼ぶんだなあ……。それはそれで一つの立場。
ただ、ワタシの旧知のノンフィクションライターに、もし「○○さんのコンテンツは……」とでも言おうものなら、張り倒されかねない。
そういう人もいることは知っておいたほうがいい。

先に引用した現状把握をもって、ノンフィクションの収益化のために、著者がイチ一押しするのが、「オンライン有料サロン」。

「わかりやすく表現すれば、「参加者の顔が見えるファンクラブ」といったところだろう。月々一定額(多くの場合1000~2000円)を支払えばフェイスブックの非公開グループに参加できるという仕組みだ。そのグループ参加者らでオンラインでの交流を図ったり、オフラインでの会合(オフ会)を開催したり、ネットだけでなくリアルのコミュニティを形成している」

つまりそのサロンにおいては、「コミュニケーションをするためにコンテンツを消費する」という形で、ノンフィクションは消費されるのだ。

引き続き、引用。
「著者目線ではなく、あくまでも読者目線――この視点が現在のノンフィクション・メディアには足りていないように思う」

「『コミュニケーションの設計』という、これからの編集者の大きな仕事になる領域は、ノンフィクションの可能性にもつながる大事なポイントだろう」

ここまで読んで、反感も覚えた方もいるだろう。
ただ、この24歳web編集者の、何かしら前向きな「情熱」は感じとることができる。

「必要なのは、成功事例ではなく、失敗事例であることは疑いない。ただただ手数が足りない。あとは意志と情熱の問題だけだと思うのだが」

そして、最後は、こんなアジテートで締めくくられる。
「Webの時代、スマホ時代のノンフィクションとはなにか。日々、紙雑誌の編集をしながらも、そんなことを考え抜いているノンフィクションの編集者はどれだけいるのか。誇りを持ち、プライドを捨てる。失敗から未来を見つけ、対象読者が求めているものをしっかり届ける、新しい時代に合ったノンフィクション・メディアを発明することがとにかく急務なのだ。とにかく手数が必要なのだ」

ワタシは、個人的には、こうした「仕組み」の話、マネタイズ、マーケティングの話は重要だと思っている。
それは、自分に欠けていて、もっと磨かないといけないところであるから。
なので、こういった話は、イチ編集者としては、勉強にはなります。

旧来のノンフィクション雑誌が、マーケティングの視点で駄目なことも、それはきっとそうなのだろう。

しかし、ここには「中身」の話がない。
中身の種類や質も問わず、「届け方」の話しかない。
こんなノンフィクションがよいとか素晴らしいとか、「コンテンツ」自体の話は何もしなくてよいのだろうか。

旧来の(意識が低い?)ノンフィクション雑誌の編集者が、24歳web編集者の原稿を読んでも、「……で?」と途方に暮れるのではないだろうか。
(「オンライン有料サロン」の可能性ぐらいは、調べるかもしれないが)

「Webの時代、スマホ時代のノンフィクションとはなにか。日々、紙雑誌の編集をしながらも、そんなことを考え抜いているノンフィクションの編集者はどれだけいるのか」と大上段から他人に問いかけるならば、そもそも自分は「ノンフィクション」そのものについて、どこまで問いを深く掘り下げて考えているのか。

いや、野暮な話をしているのは重々承知している。
内容の話と、お金の話、それぞれこちらが大事だと主張しても、お互いに「わかっていないね」という顔をして去っていくだけ。

どちらも大事である。
どちらも大事なのに、ここにはその両者を「つなぐ」言葉がまったくない。いや、つなぐ意志がない。
つなぐ言葉が、24歳web編集者流にいえば、「ただただ、足りない」。
それこそ、旧来のノンフィクション雑誌の人に、最も求められているはずなのに。

しかし、それも当たり前の話。
「ノンフィクションを読まない24歳web編集者」だからである。
無い物ねだりは、いけない。
自分に必要なことは、自分で考えなければならない。

とはいえ、この「つなぐ」言葉が欠如している自らの感性に、24歳web編集者がどこまで「自覚」的なのかは、ちょっと知りたいところだ。

「若いうちに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。大人になっても左翼に傾倒している者は知能が足りない」という有名な言葉を、時折思い出す。

ノンフィクションを通過せずに、大人になってしまった編集者の感性。こういう人を、ワタシは信用しない。

同じ「G2」最終号に、『井田真木子著作撰集』を刊行した里山社・清田麻衣子さんの原稿が収められている。
清田さんは、24歳web編集者の対極にある。

この編集者と井田真木子の、そうでしかありえない、そうでしか生きられないという「切実さ」。
自分の好きな本ばかりつくれるわけではないけども、ワタシもワタシなりに、作家さんと自分の「切実さ」に衝き動かされたノンフィクションを、今つくっているところです。

2015年4月20日月曜日

1995年4月20日

あの日からちょうど20年。拙文掲載のゴン格誌面(2009年2月号)をアップします。


2014年2月8日土曜日

怒りをうたえ

ぎょえー、一年ぶりの更新か。

よく柔術で「力を抜け」なんて言われるけれども、ワタシは力を抜くことよりも、力が相手にちゃんと伝わっているかどうかのほうが遥かに重要だと思っていて。
それは持論で、話せば長くなるので、ここでは省略するけれども。
いや、究極的には同じことなんだと思うけれども、視点の置き方はやはり違いますよね。

ワタシは出版の仕事をしているが、著者とタイトルをはじめカバー周りで意見が異なることは、同業者ならよくあると思う。
著者は、自分の書いた内容や考えを、そのままカバー周りに反映させたがる。
編集者は、それが相手(一般読者、想定読者)が手に取ってどう感じるか、そこにいったん意識を移して、そこからフィードバックして考える。
どう手に取らせるか、興味をひかせるか、そこから考える。
上の「力」の話と、少し似てますね。
伝えるってこと。

なんでこんなこと急に言うのかと思ったら、今日amazonに注文していた『てっちゃん ハンセン病に感謝した詩人』が届いていて。
ハンセン病の詩人・故桜井哲夫さんのフォトドキュメンタリー。
昔、この人のことが書かれたノンフィクション『しがまっこ溶けた』を読み、とんでもない衝撃と感動を覚えたのだが、この本を貸してくれた友人のタカコちゃんになんか怒ったのだ。
こんないい本なのに、このカバー周りはなんだ、この帯のキャッチはなんだ、人に手を取らせるということをこの編集者はもっと真剣に考えるべきだった、みたいな。
目が点になっていたが、最後は共感してくれたような。

「怒り」といえば、実は(というほど意外でもないか)ワタシは怒りっぽいとこがある。
そのことは自分の中の一つのテーマであった。。
なので、このたびシステマの北川貴英さんに怒りをテーマにした本を書いてもらったのだが、それは自分が読みたいものであり、学びたいものでもあった。

このブログを書こうと思って、急に思い出した。
『怒りの方法』という本について、八年前、こんな書評を書いていた。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20060605/103618/?rt=nocnt
〆の言葉は、少し大げさに書いた。ほんとです(笑)。
まあずっと自分にとってのテーマだった、という一つの証ですな。

なので、先週北川さんの出版記念イベントでの、中井祐樹さんの言葉のいくつかが胸を離れない。
詳しいことは書きません。
しかし、あの底抜けのリベラリズム、ぱねえと心底思ったのである。
中井祐樹、恐るべし。
そんな中井さんの本も製作中です。お楽しみに!

2013年2月21日木曜日

あるサッカーライターの体罰論について

「迷っています。スポーツではなく武道だった柔道にも、完全なるスポーツの論理を持ち込んでいいものなのか?」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kanekotatsuhito/20130201-00023301/
金子達仁氏のコラムが話題を呼んでいるようです。
個人的にもいろいろ思うところがありました。


【そろそろ体罰問題から離れてオリンピックの招致活動について触れようと思っていたのですが、またしても大騒動が勃発してしまいました。柔道の問題です。ここまで騒ぎが大きくなってしまうと、触れないわけにはいかんでしょ。
改めて言うまでもないことですが、大前提として、わたしはスポーツに於ける体罰に反対です。ていうか、スポーツに罰を持ち込むという発想自体が間違っていると思ってもいます。
じゃ、なぜ反対なのか。
体罰くらってサッカーが、バスケットが、ゴルフがうまくなるとは思わないから──突き詰めると、この一点に尽きるわけです。】

→“短期的”には、体罰で競技が上手くなることはありえます。
それは柔道日本代表のようなトップアスリートにではなく、
もう少しレベルの低い中学高校の部活の話です。
ただ、それは生徒のモチベーションのマネジメントを「恐怖」において実行しただけで、
生徒の資質や環境にかなり委ねられ、効果はあっても限定的です。
本来は「殴らなくても強くなった」し、「殴っても強くなった」のが実態だと思います。


【では、うまくなるのなら体罰はあっていいのか。
わたしの答はイエス、です。
殴られることが、罵られることが、自分の技量であったりチーム力の向上に確実につながるというのであれば、どうぞ殴ってください、罵ってください。勝ちたくて、強くなりたくてどうしようもない自分にさらなる力を与えてくれるなら、ビンタだろうがグーだろうが言葉の暴力だろうが、どうぞどうぞ。メッシやコービー・ブライアントやタイガー・ウッズも過酷な体罰に耐えたからこそいまがあるっていうんなら、わたしは体罰を認めます。愛情なんかなくたっていい。うまくなれるなら。勝てるなら。ハハッ。
もちろん、殴られてうまくなったサッカー選手なんかいなかったし、これからもいるわけがない。なので、体罰はくだらん。無意味。卑怯。スポーツに体罰を持ち込む指導者には侮蔑を。そう主張してもきました。】

→上手くならないから体罰はくだらん。
でも、それは裏返しの、体罰を肯定する論理そのもの。
強くなっても、体罰は駄目なのです。


【ただ、ずっと迷ってたし、いまも迷ってることがあります。
もともとはスポーツではなく武道だった柔道にも、完全なるスポーツの論理を持ち込んでいいものなのか。】

→この問い自体は、興味深い問題設定です。
ただ、残念なことにこの議論は、この先深められていません。


【以前、亡くなった格闘家アンディ・フグの練習について書きました。殺人的で非科学的に見えた彼の練習は、しかし、本人に言わせると必要なこと、だったのです。なぜならば、空手とは痛みに耐える競技でもあるから──。スポーツのトレーニングに慣れた人間の目からすると、彼がやっているのは罰そのものでした。】

→何が「殺人的で非科学的」だったのでしょうか。
(以前書いたという記事も、具体的に何も書かれていませんでした)
そこがまず元格闘技記者としては、引っかかるところです。
門外漢のライターにとっては非科学的な練習に映ったということしか、
この文章からはわかりません。
事実として、それが「殺人的」な練習「量」だったとしても、
もちろんアンディにとって、強くなるには普通に「合理的」な練習メニューだったはずです。
間違った練習方法をいくら積み重ねても、アンディのような一流にはなれません。


【柔道は、痛みに耐えなくていいのでしょうか。
メッシやブライアントやウッズが人生において一度もコーチから体罰を食らったことがないのは確実ですが、過去に世界一になった日本の柔道家たちは、体罰を受けなかったのでしょうか。受けなかったから、世界一になれたのでしょうか(ちなみに、1月31日付の朝日新聞で、山下泰裕さんは「自分は指導者に恵まれたために体罰は受けなかった」といった内容のコメントをしています。意味深です)。
柔道がオリンピック競技になったのは、東京でのオリンピック開催を機に、競技の国際化を意識した柔道関係者がそれを強く望んだから、でもありました。つまり、柔道はスポーツであると方向づけたのは、ほかならぬ柔道関係者であったわけです。である以上、反スポーツ的な体罰は許されないというのが当然の流れ。それはわかる。よーくわかる。】

→柔道のスポーツ化への流れは、その端緒を東京五輪開催に求めるよりも、
敗戦後、GHQによる武道禁止を解除するために、
スポーツとしての姿を前面に打ち出していった経緯を論じるのが普通です。


【でも、そもそもは護身術であり武術だった競技を、欧米生まれのスポーツと同列に論じていいもんなんでしょうか。】

→はい、その問題設定自体はよいと思います。
なので、その先を。


【楽しいからやる。それがスポーツの根っこ。ずっと言い続けてきたことです。
柔道って、剣道って、空手って、初めてやってみる子供にとって楽しいことでしょうか。】

→楽しい子は、普通にいますよ。
道場に来てください。


【スポーツは勝つから楽しい。勝つことにムキになって、同じようにムキになってぶつかってくる相手を倒したらなお楽しい。勝利を目指す。それこそがスポーツをやる上でのモチベーションでありエネルギー。じゃあ、武道はどうなのか。勝利はもちろん大切ですが、それ以上に、試練に立ち向かう姿勢であったり、苦境を打開する気概のようなものが重要視されるのではないでしょうか。だから、子供にとっては楽しくなくても、親がやらせる。将来のために、やらせる。
柔道には受け身というものがあります。初心者はたいてい、これから始めます。サッカーとバスケットと草野球しかやったことのない人間からすると、これ、ちょっと不思議です。
だって、受け身って、要は負け方の訓練でしょ。いかに負けた際のダメージを少なくするか。すべてのエネルギーを勝つために、あるいは負けないために振り分けるのがスポーツの常識だとすると、これ、とんでもなくイレギュラーなトレーニングだと思うのです。】

→そこが、多くのスポーツと、スポーツの中でも「格闘技」に分類されるものを隔てるところなのです。
それが、議論の出発点だと思うのですがね。
サッカーでドリブルで抜かれても、パスを通されても、シュートを決められても、別に怪我はしません。
柔道で投げられて、受け身を取らなければ怪我をします。
単に勝負に負けるだけではなく、怪我をしたらその競技を当分楽しめませんよね。
また、逆に相手をそのつど怪我させても、練習が成り立ちませんよね。
なので、スポーツとしてとらえても、受け身の習得は不思議なことではないのです。


【同じ格闘技でも、欧米で生まれたものには「ガードの仕方」はあっても「ノックダウンの仕方」とか「フォールのされ方」なんてトレーニングはないわけですし。】

→ここは金子さん自身が「負け方」という言葉に引っ張られ混乱していますが
(あるいは意図的に話をズラしていますが)
受け身の話に戻すと、欧米で生まれたレスリングにも受け身はありますよ。


【誰だって、負けて楽しいわけがない。にもかかわらず、競技を始めた最初の段階でまず取り組むのが「負け方」。この時点で、柔道という武道にとって一番大切なのは勝利じゃないんですよっていうのが証明されてると思うのですが、にもかかわらず、柔道はスポーツの世界に入ることを望み、それが受け入れられてしまった。】

→受け身を学ぶことが、その競技にとって出発点ということで、
もちろん競技としては勝つためにプレイするものですから、
柔道がスポーツ競技であることとは別に矛盾はしません。


【日本の柔道は1本にこだわる、と言われます。】

→こまかなことですが(ライターさんなので求めますが)、ここは「一本」と表記してください。

【これだって、考えてみればまるでスポーツ的じゃない。「勝つためにどうするか」を考えるのがスポーツ的な思考だとすると、日本人の柔道に対する考え方は、いまもって「いかにして勝つか」という部分が色濃く残っています。目的と同じぐらい、時には目的よりも過程を重視する武道ならではの思考です。だから、スポーツ的な思考から編み出された、有効や効果でポイントを取ったらあとは逃げ回ってしまえ……というスタイルがどうもしっくりこない。一方で、自分たちの国が編み出した競技である以上、勝たなければいけないという思いもあって、これはもう、完全にスポーツ的な思考。つまりは、21世紀に入ってもなお、武道とスポーツの整理がつかず、ちゃんぽん状態のまま放置されてきたのが日本人にとっての柔道だと思います。】

→はい、この問題設定自体はよいのですが、その先を。

【先日、スポニチのコラムに「日本人はスポーツをやることによって理不尽さへの耐性を獲得しようとしている」と書きました。スポーツをやっていれば根性がつく。スポーツをやっていれば実社会にでても役に立つ。だから1年生は黙々とグラウンド整備をするし、野球部の少年たちは礼儀作法を徹底して仕込まれる。
なぜこうなったのか。日本に武道があったから、です。
騒動が発覚後、つるし上げに近い形での記者会見に出席した園田監督は、記者からの「(体罰をふるうという行為は)あなたが特殊だったのか。それとも柔道界では一般的なことだったのか」という問いに対し、「わたし以外の人間がやっているのを見たことがないので、わたしが特殊だったのでしょう」と答えました。
これって、理不尽さへの耐性がなければできない答、でしょ。】

→武道が礼儀作法を徹底して仕込まれるということと、
理不尽さへの耐性が結びつくというのは、認めたとしても。
ただし、理不尽さ=体罰ではありませんよね?
じつは体罰は理不尽どころか、当事者にとっては、きわめてわかりやすい論理ではありませんか?


【すべての罪を自分一人が引っ被り、回りに迷惑をかけまいとする。この発想が、欧米では圧倒的に少数派のはず。長く武道に親しんできた、日本人ならではの考え方。で、「いくらなんでも女性に手をあげるのはいかんだろ」と思いつつ、記者会見での潔さには胸を打たれてる自分がいたりもするわけです(書いてみて気づいたのですが、相手がオトコならばやむをえんかなという思いが自分の根っこにはあるようです)。
柔道だろうがなんだろうがおしなべて体罰はけしからん、という声が主流派になりつつあります。バスケットボールというスポーツで起きた、体罰に起因する自殺事件と、武道でもあった柔道で起きた騒動が、ほとんど同じ重さで語られています。柔道界自らがスポーツたらんと望んだ以上、仕方のないことだとはいえ、個人的には釈然としないものも残ります。
日本人が柔道を、あるいは武道を完全なスポーツとしてとらえるようになった時、理不尽さへの耐性はまだ残っているのでしょうか。そもそも、そんなもの、必要ないのでしょうか。】

→武道には体罰が必要という前提で書いていますが、それは本当でしょうか。
柔「術」を柔「道」としてまとめあげ、「精力善用」「自他共栄」を唱えた
嘉納治五郎の著作集のどこに体罰を肯定する文言があるのでしょうか。


【つるし上げの記者会見に出席する。自分だけが割を食うのは納得がいかんと、体罰をしていた仲間の名前を列挙する……このままの流れでいくと、そういう日本人が多数派となる時代になっていくのではないか。それで、いいのか。 迷ってます。】

→自分だけ罪を被らずに仲間の名前を挙げていく……
これは武道文化とスポーツ文化の話でしょうか?
そうは思えません。
さまざまなレベルの話を混同して「迷って」書いておられるようですが、
金子さまにおきましては、山口香先生が朝日新聞に語ったインタビュー記事や、
松原隆一郎先生と溝口紀子先生の対談(ゴング格闘技4月号)を
ご覧になることを強くおすすめします。

2012年11月24日土曜日

キャッチよ永遠に

キャッチとは、客引きのこと。
外を歩いている人に声をかけ、値段交渉をして、自分の店に連れてくること……をやっていました。
場所は、歌舞伎町のコマ劇場(当時)前。
店は、T会館のディスコ「G」(以下イニシャルです)。
時は、バブル時代末期、1989年8月~1991年2月ぐらい(大学1年夏~大学2年冬)。
キャッチとしては、長いほうかと思われ。きつくて、すぐ辞める人も珍しくないので。
このブログだと、「柔術、どれぐらいやってるんですか?」8,9あたりの時期にあたる。


○T会館の基本情報

・3F「Z」、4F「G」、6F「C」、7F「g」が入っているディスコ・ビル。

・Gがユーロビート中心で客層が一番若い(中高生中心)。Gもユーロ中心だが、Gよりは微妙に年齢層が高め。Zはブラック中心。Cもブラック中心だが、微妙に年齢層高め。

・当時はブラックが流行はじめ。ユーロはちょっと古い感じ。Gは一番ダサい存在、店のグレード的にも一番低い。店のグレード的には、G
・どの店にも、一人は「なぜこいつが黒服なの?」というルックスの人間がいた(Gはワタシ)。しかし、案外とそういう人間も客引きでは売上アベレージを維持し、比較的長く続くタイプが多かったように思える。基本、それまで女性に縁が多いタイプではなかったから?

・意外に?武闘派多し。極真経験者が何人かいた。

・一日でも入店が早いほうが「先輩」。年齢よりも、先輩か後輩かの上限関係。ただし、そのプレゼンスは先輩でも時折脅かされる。私もつけ上がってきた後輩と、喧嘩寸前になった記憶有り(先輩が止めて収まり、とりあえず仲直りしたが、そいつは少しして辞めた)。

・店を辞めるときは、基本「バックレ」。普通に辞めさせてくれなかったと思う。辞めた後に店に遊びに来る奴、あるいは堂々とキャッチの前を歩く奴は、ボコボコにされたと思う(あるいはそういうものだと、こちら側が思っていただけかも)。

・黒服は店の物もあるが、基本ダサいので自前で用意が普通。シャツ、靴も自前。

・ビルの入り口に、大きなスピーカー置いて宣伝テープを流す。「T会館、ディスコビルディング~、3階Z、4階G……」。偉そうなロカビリーっぽいオジサンがテープ代わりにマイクを握って直接喋ることも。嫌な奴だった。マイク持っての宣伝は、すごくダサいと思った。パチンコじゃあるまいし。

・書きながら気づいたが、昔はよく夢にあの頃のことが出てきた。辞めたけど店に戻ろうとしたりとか……。ある意味、トラウマだったのだと今さら気づく。


○ディスコGの基本情報

・前身は一世を風靡した「カンタベリーハウス ギリシャ館」。

・ユーロビート中心で、常連は「パラパラ」を踊る。

・常連は「いい子」が多かった。もちろん仲間以外に見せる違う顔もあるとわかるが、話していて、基本「いい子」。親とうまくいかなかったり、学校行ってなかったり、寂しい子が多かったと思う。

・営業時間は平日16~24時まで、金曜・土曜は16時~朝5時までのオールナイト。他の3店舗は平日も週末も17時から朝5時までだったと思う。

・フリードリンク・フリーフードのシステム。カクテルは超いい加減につくっていた。たまにちゃんとした大人が来て、「これが○○?」という顔をされる時も。レシピは一応あったような、なかったような。

・受付1人、中(バーカウンター&ホール)1、2人、残りはキャッチというパターンが平日は多かったと思う。「中のサービスが落ちてもいいから、とにかく外から人をかき込め」というスタイル。週末など人がいっぱい入ったときは、中が回らないので、ホールを増やしたり。


○キャッチの基本情報

・入場料の定価はないに等しい(少ない例だが外でキャッチにつかまらず、フリーで入ってきたお客さんの場合は男3,500円、女3,000円ぐらい)。

・常連は割引のメンバーズカードを持っている(一回行けばもらえた。男2,000円、女1,000円)。

・外では「500円引き」のカードを配る。基本は、一般人に向けて。メンバーズ価格からは割り引かない。しかし、一般人は定価を知らないし、こちらの値踏み次第。高く取れそうな大人の集団(結婚式の二次会とか)だと、「500円」引いて4000円、ということも。

・いくら客が引けないからといって、黙っていても入る常連をつかまえて上に案内して数字に加えることは、意味がないので怒られる。しかし、こちらも数字のため、まだあまり顔が割れていない常連は連れて行ったりする。

・声掛けは「ディスコいかがすか」「君かわいいから特別に安くしてあげるよ」とか。そのあとは相手の反応次第で。

・「君かわいいから…」はもちろん心無く言える。こんなので喜んでいたりすると、逆にこっちが意外。

・私の1年半?はかなり長いほう。売り上げに対する上からのプレッシャーで、長く続きにくい。私も、最初は週4ぐらいで入っていたが、後半はきつくて週2(水・土)ぐらいだった。(水曜はナツメロの日で常連が来る日、土曜は週末でシフト外せないので)

・集合時間(7時・9時・12時・3時)の点呼で全店舗のキャッチが集まり、その時点の売り上げを各自発表させられる。冬は、みんなに缶コーヒーをくれる。若いのが買いに行かされる。

・点呼では、売り上げが悪いと怒られる。たまに手も出る。→社会学者さんに「それ傷害罪じゃないですか」と真っ当な突込みをうける。もちろん当時のワタシ含め周囲にそんな意識はない。

・点呼での売り上げは自己申告なので(例、「1万1千円です」…2000円×4人、1500円×2人)、誤魔化すやつもいる。周りも気づき、「こいつ誤魔化したな」という目で見る。とにかく上の目があるので、売り上げが芳しくない時のプレッシャーの掛けられ方は、半端じゃない。女の子でオイシイ思いをすることを差し引いても、長く続きにくい。

・当時は「花粉症」という言葉がなかったが、春先はいつも目や鼻が症状に悩まされた。そんな時期にマスクもせず、週末なんかは夕方から深夜まで必死に歩き回っていたのだから、今考えると恐ろしい…。


○やくざ・警察官との関係

・T会館のディスコが、「T友愛」という暴力団がやっていてT友愛が山口組系である、という程度の認識は皆あったと思う。

・キャッチと暴力団の直接の交流はほぼ無し。お客としても、どこまでが関係者か、ただの不良かは厳密に判別できないが、基本的な認識としてお客としてあまり入っていなかったのでは。店側としては、裏でいくら繋がりがあったとしても、そういう客層を増やしたら一般客が来ないという当然の認識はあったはず。

・中国人は…正直、ほとんど意識しなかった。当時は隣の大久保も、あんなコリアンタウンにはなっていなかったし。

・基本的に、店と警察は「デキていた」と思う。

・キャッチは「違法行為」という認識はあり、警察官を見たら客引きを「やめる」「退け」という指示はあった。具体的には、警察官の存在に気づいたキャッチが、後ろのほうに「歩いて」いき、「警察、警察」と皆に教えて、客引き行為を中断させる。割引カードは隠す。

・ただし、新入りのキャッチが警官を見て走って逃げたような時、上の人間(4店の統括マネジャー)が点呼の際怒ったことも。「走って逃げるから、こちらも追いかけなけりゃいけなくなる」と警察官の立場から教えてくれたことがあったと記憶。

・もちろん警察が客引き行為に気づかないはずがないから、これは出来レースである。

・風営法関係の記憶ははっきりせず。


○オカマの立ちんぼ

・二人常連がいた。

・小森のおばちゃま似(以下K)、デッドオアアライブのボーカル似(以下D)。

・どちらも中高年と思われる。酔っ払い相手を専門としているように見えた(酔っ払いでないと一般人の性的対象には…)。

・Dのほうは背が高く(185-190cm? ヒールのせいかも)、からかってくるサラリーマンとよく喧嘩していた。いつぞや逃げるサラリーマンを追いかけ、後ろから背中に跳び蹴りを食らわせた場面を見たことがある。また、同じように追いかけ、からかわれたまま逃げ切られてしまい、激しく憤る姿も見たことがある。

・Dは激情型。よく一人でぶつくさ文句を言っていた。

・Kのほうは、指を一本立て、「1万円でいいから!」と言っていた場面を見たことがある。恐らくDも相場はそれぐらいではないかと推測される。

・ほとんどキャッチとは交流はなかったと思う。私は一度だけDと会話。客からエルメスのスカーフをもらったと自慢していた。

・彼らはいつまでストリートにいたのか、気になる。


○その他ストリート

・新聞配達の「新宿タイガー」はよく見た。

・テレクラのリンリンハウス前までが、T会館キャッチの南の縄張り。テープから流れる「ニッポン一安い!」「1時間800円!」の連呼は、未だに脳裏に。

・縄張りの範囲、東はT会館のビルが切れるところまで。範囲ははっきりしていたので、客と話しながら歩いてそこから出てしまったら、諦める。

・コマ劇場があった頃。公演が終わってお客さんが吐き出される時間帯は、中高年で路上が埋め尽くされるので、その時間帯は仕事にならず。

・コマ劇場前で、深夜に北島三郎を見たことがある。取り巻きと一緒だったが、本当に小さかった。

・「VIP」という店でボッたくられた、というサラリーマンによく会った。当時その界隈で有名だった模様。


以上、備忘録の一部です。




2012年11月13日火曜日

キャッチとは

キャッチとは何か。

プロレス・格闘技ファンなら、
Catch As Catch Can(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン)を連想するはず。

「キャッチ・レスリング」の別名を挙げ、
カール・ゴッチやビル・ロビンソンの名前を出して説明を始める人もいるかもしれない。

しかし、その説明は、間違っている可能性が高い。
実は、Catch As Catch Canは関節を取り合うサブミッション・レスリングなどではなく、
単にフリースタイル・レスリングの古い言い方に過ぎないからだ。

上半身しか掴めないグレコローマン・レスリングに対して、
「掴めるところを掴む」「掴めるように掴む」という意味の、
フリースタイル・レスリングを指す、古い英語である。

……というのは、別にワタシが研究し考えたことではなく、
翻訳blogさん
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/
のおかげで、近年日本でもその筋では広まった知見であり、
ワタシ自身もそれに同意するものである。

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さて、このフリースタイル・レスリングの「キャッチ」とは全く関係なく、
ワタシは自分自身が若い頃に歌舞伎町でやっていた「キャッチ」について、書いてみようと思う。
まあ、客引きだって、相手の関心の「掴めるところを掴む」「掴めるように掴む」のは同じだし、
いわば「フリースタイル」には違いない!

というのも、最近、ある学者さんの聞き取り調査に協力し、
バブル時代の「キャッチ」について、自分の体験談を話したのがきっかけ。
インタビュー前に埋もれた記憶をできるだけ引き出そうと(20年以上前!)
当時のことを箇条書きにしてみた。

聞き取り自体は、その学者さんのニーズと微妙にずれた感じだったのだが、
それはともかく、せっかくのメモを私的な備忘録として残しておこうと思ったのだ。
(あくまで表に出せるというか、出したい範囲で)

続きは、また気が乗ったときに。